海龍山南禅坊。天正年間(1573〜1591年)に創建したと伝えられる。 元々、福禅寺下にあったが、江戸中期(正徳年間・1711〜1715年頃)に現在地に移転する。 寺院調査の中で、「梵鐘一件記録」が発見され、鐘の供出を巡る経過を詳しく記した史料として貴重である。かって、その鐘があった鐘楼門(山門)は現存する。 なお、境内には、宮城道雄の先祖墓がある。 江戸時代を通して、朝鮮通信使の常宿でもあった。 |
![]() 山門(鐘楼門) 意匠的にも優れた建造物である。 |
![]() 本堂 |
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絹本著色聖徳太子像 市重文 106.5 cm X 49 cm 賛に寛永15年(1638)の墨書がある。 |
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絹本著色親鸞上人像 市重文 105 cm X 46.8 cm 寛永3年(1626)の墨書がある。 |
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韋駄天画像 時代は不詳であるが、中国などの海外の作品と思われる。 |